2017年09月16日

「時を重ねること」は未来ではできない。

このブログには「優boxの想い」というカテゴリを設けています。

年に数回しか書いていないこのカテゴリの内容は、そのときの私自身の想いの記録として書いているような感じかもしれません。

その中で、読んでくださる方が、ご自身の今にとって、きっかけとなれる言葉を見つけてもらえたとしたら、それはとてもうれしいことです。

そんな想いを書き留めています。

今日のブログは、そんな「優boxの想い」というカテゴリで。

時々懐かしむ思い出の中の方たちと、お会いできる機会に恵まれました。

最後に会ってから何年が経ったのでしょう。

変わらずの笑顔。

変わらずの呼び名。

変わらずの声。

変わらずの楽しさ。

時を超えて、あの頃に戻ったような気がします。

けれど、時を重ねたのは私も相手も一緒。

5年、10年、20年。。。

若いころから共に、苦楽を楽しみ、時には支えあい、時には見守って。

こうして月日が経ち、再び会えると、お互いに重ねてきた月日の長さを感じます。

たくさん笑いあったその顔にはしわがあり、

たくさん話した声には貫禄が出て、

人間としての厚みとともに、身体にも厚みが(笑)



こうして再び会えると、あのころの過ごし方はあれでよかったのだと思うのです。


出逢い。巡り会い。ちょっと人生に迷い。

救われたこと。

悲しみも苦しみも乗り越えることができて、再び迎えてもらった居場所。

大切な出会い。

ダメな私もすべて認めてもらえた時、人に対する優しさがなんなのか、わかりそうな気がしたあの日。

小さな幸せは心の中にある。

守るべきものは、自分の手で守っていきたいと思うように気づかせてくれたきっかけ。

自分らしく生きることを教わる。

人の心は見えないから、信じることの大切さを忘れない。

大切なものを大切にしたいために決断したことがのちに間違いだったと気づく。

酸いも甘いも知る。



それらのすべてを、共に過ごした人たちが知っているわけではないけれど、きっと知らなくてもわかっていてくれること。

それが、再会のときの安心感で感じる。



そして時を重ね、あの時の未来である今。

1日1日と過ごした日々に感謝の気持ちでいっぱいになる言葉をいただく。。。



あの日。

あの時。

あんな風に共に過ごしていなければ、今、これだけの時間を積み重ねることはできない。

だからこそ、今始めることが、未来を創る大切な一歩だと思う。

1年前に「こうしたい」と思ったことは、すぐに始めたら、1年後の今は、1年という「時」を積み重ねたものになる。

1年前に「こうしたい」と思ったけれど、躊躇い、一歩踏み出さなかったことは、1年後の今、何一つ変わらない「無」のまま。



再会に伝えたかったこと、言えなかった。。。

あのとき、ありがとうって。


きっと、わかってるんだろうな。

そんな想いも、きっと。


***


昔、このカテゴリでこういう自身の想いを綴った時、様々な憶測のもと、ありもしないことを言われたことがあります(笑)

これを読んで、「あーあのことね」なんてわかったとしたら、残念ながらそれは間違いだと思います(笑)

そして、私は、私のことを知らない方に憶測で言われたことを、否定も肯定も判断しないので、よからぬ誤解が多々あるかもしれません。

言葉はどんなに想いを綴っても、心の半分も伝えきれないもの。

と思っています。

なので、1から書くと20数年前からダラダラ書くことになって、そんなのは誰も知りたいものではないと思うので、思うことのところどころを綴っているだけです。

意味深←とかではないことをご理解ください。

10年後の今日に、この記事を振り返りたい。そんな想いです♪


posted by 優box at 21:36| 北海道 ☔| 優boxの想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする